2011年04月19日

フクシマで現在進行している事態

 大地震の発生から一ヶ月以上経って、世は「復興モード」に変わってきたようだ。しかし、福島第一原発では、あいかわらず収束のめどすら立っておらず、フクシマの住民は、原子炉から放出される放射線に晒されながら暮らしている。その意味で、フクシマは、ほかの地域にはない独自の悩みを抱えているといえる。しかも、その相手は目に見えないし、全体像もつかみにくく、いつまで続くかもわからない。
 低レベルの放射線を長期間にわたって浴び続けるということについては、研究途上で、学界でも議論に決着がついていないようである。しかし、それは、現時点で因果関係が「わかっていない」のであって、「ない」ということではない。チェルノブイリの事故と周辺住民の甲状腺癌の関係などに照らせば、低レベルの放射線であっても「浴びる必要(レントゲンなど)がなければ浴びない方がよい」というのが、素人ながらの私の解釈である。
 しかし、周知のように、政府はごく限られた範囲にしか「避難指示」を出さなかった。そればかりか、水素爆発の直後から「ただちに健康に影響を与えるものではない」という不思議な言葉を語り始めた。これは、「急性放射線障害に陥ることはないレベルだ」という以外には何も語っていない(つまり、何も言っていないのと同じである)にもかかわらず、聞く者を妙に安心させてしまう魔法の言葉であった。
 政府が積極的に「避難」を勧めない背景には、事態を沈静化しないと政権を維持できないという政局的な問題と、避難を勧めるとその補償をしなければならないという財政的な問題がある。どちらも、実際に被害が出たときのことを考えれば、些末なことに思われるが、政府としてはそうは考えないのであろう。残念ながら、フクシマの住民は日本全体から見ればマイノリティであり、「フクシマの住民を守れ」という声を多数にするには圧倒的に力が足りない。
 ともあれ、こうした構図が、「避難区域」を都市部に波及させない範囲でとどめている。おそらく、チェルノブイリ事故の際の避難基準(年5ミリ・シーベルトまで)を当てはめれば、いわき市、福島市、郡山市のいずれもが避難区域に指定されるであろう。3市をあわせれば約100万人である。
 避難指示がない以上、会社も学校も「通常業務」に戻るしかなく、通常業務に戻った以上は、基本的に仕事を休むことがでもないという状況を作っていく(本当は、地方自治体の首長が自らの判断で何らかの対処をすることはできたはずだが、こういう局面で「地方自治」を具現化した首長は非常に少なかった。財政的裏付けに不安を残したからであろう)。フクシマを離れられない人は「安心させてほしい」と願い、マスコミはそれに応え「安全だ」と報じている。どこかの学者さんのように、「マスコミは人々が聞きたい話を語るものだ」といえばそれまでだが、自分としてはそこまで第三者的になれず、こうした現状には違和感を禁じえない。
 他方、事態を重く見る人たちは「自主避難」という形でフクシマを離れた。仕事を辞めた人、休暇をとった人、家族だけ実家に帰したという人などさまざまである。「自主的」な避難は、私も経験者であるが、精神的にも、肉体的にも、金銭的にも非常に厳しい。みんな「安全には代えられない」という思いで避難するが、途中で挫折を強いられることも多い。とくに、今後6ヶ月〜9ヶ月などと言われては、絶望的な気分になる。しかも、実際にはその期間で事態が解決するとも思えない。
 避難できない人とて、みんな「安心・安全」を真に受けているわけではない。むしろ、不安を抱えながら生活している人が多いのではないか。それは、現地に、「フクシマに残って頑張った人」と「フクシマから逃げた人」という、住民間の分断があり、避難できない人が、漠然とした不安も手伝って「逃げた人」を嫉むという構図になっていることからもわかる。
 このように、原発問題をめぐる政府の対応は、フクシマの地に放射線障害というハードな問題と、住民内部における複雑で微妙な感情のもつれや対立というソフトな問題とを蓄積しつづけている。しかも、その双方が、長期的な難問としてこの地に残り続けるであろうと予想される。その解決の道程を考えると、暗澹たる気持ちになる。
posted by あるじ at 01:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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