2011年04月21日

学童疎開について

まず、このニュースを見てほしい。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110325/hrs11032518220005-n1.htm


*****引用、ここから*****

広島県教委が「学校疎開」160人規模を宮城県に打診
2011.3.25 13:23
 広島県教育委員会は25日、東日本大震災で被災し、授業ができない小学校の児童と教職員の集団疎開を受け入れる支援策を正式に発表した。広島県江田島市の廃校を活用し、計160人程度の受け入れが可能と宮城県教委に連絡した。

 広島県教委によると、受け入れ期間は4〜5月から約1年間。「国立江田島青少年交流の家」で児童と教職員が共同生活し、周辺の廃校2校で授業を行う計画。児童150人、教職員10人程度を想定している。

 広島県安芸高田市でも児童80人程度の受け入れ態勢を整えるほか、ニーズに応じて他の地域でも検討を進める。

 一方、広島県教委は「児童、教職員の家族も含めた受け入れは困難」と説明。「児童が授業を受けられないという状況を回避する受け皿をつくりたい」としている。

*****引用、ここまで*****


 すでに1ヶ月近くも前のニュースである。

 これによれば、さきに言及した学童疎開(4月17日付、「子どもたちを守れ」)を受け入れてくれる地域があるとわかる。広島県江田島市と安芸高田市である。この計画では、児童と教職員が一緒に疎開し、そこに「サテライト教室」ができるということだ。

 なぜ、宮城県に打診しているのかわからないが、津波の被害者を想定しているのであろう。最も急を要する疎開は、原子炉の放射線だと思うのだが、ここでは、1ヶ月ほど前にすでにこういうオファーがあったということを確認しておけば足りる。

 困難ばかりが予想され、なかなか合意を作りにくそうな学童疎開であるが、可能性はあるわけで、こういう機会とネットワークを利用しながらこの難局を乗り切っていくタフさが必要だろう。

 こういう提案(学童疎開)をしている人は案外多い。みんなで力を合わせれば何とか実現できるのではないだろうか。



 学童疎開のイメージであるが、「学校をそのまま移動=集団疎開」という提案は非常に魅力的である。「親とのコミュニケーションがなくなるストレス」や、「友人との絆がなくなる影響」など、疎開にともないがちな否定的な意見を、「先生、友達と一緒」ということが大幅に緩和させるだろうからである。
 問題は、集団疎開の可能性や条件がどの程度あるのか、である。「出す側」の可能性は、「受け入れる側」の条件に依存するから、ここでは受け入れる側の問題を考えてみたい。

 これも、よく言われていることであるが、学校を受け入れるなら学校が受け皿に…ということが原則であろう。集団で移動するからには、寝食(さらには入浴)の場所が必要であり、そこがネックになる。となれば、ホームステイか廃校利用ということになる。

 ホームステイを準備することは、不可能とは全然思わないが、受け入れ側の「重荷」になりそうな気がする。「いかに実現するか」を考えたとき、「荷が重い」ことは、やめるための口実になるので、当面は棚上げして考えることにしたい。もちろん、受け入れ自治体が自発的に考えるのは歓迎できる。

 そういうわけで、廃校利用の寝食という線で考えてみる。
 私は、ある同僚と2人で、2008年に「地域政策課題研究」という授業を担当した。その科目は、「大学院地域特別研究」を受講する大学院生も加わって、演習としては大所帯であったが、バスを借りて調査を実施した。調査対象地は、山形県大蔵村、金山町、大江町の3町村であった。その宿泊に、大蔵村の廃校を利用したことがある。これは、比較的新しい学校を宿泊施設に改造したもので、風呂も炊事場もあり、教室に簡易畳、その上に布団を敷いて寝泊まり…というスタイルで、実に快適であった。ゼミの合宿でも複数回お世話になったが、長期滞在に耐える施設であった。ちなみに、学校建設のために投入されるのは、「ひも付き」のお金だから、これを建設後数年でほかの目的に転用するのは「違法」であるが、くだんの大蔵村の施設は、例の「特区」という制度によって宿泊施設に転用したものであったと記憶している。

 その大蔵村を調査したグループのテーマが「学校統廃合」であった。正確なデータが手許にない(研究室の瓦礫の下から発掘する必要がある)が、「構造改革」以来の財政節減圧力の一つとして、教員給与の負担比率の変更があった。2005(平成17)年度まで、義務教育教員給与の1/2を国、1/2を県が負担していたが、2006(平成18)年度から国が1/3、県が2/3へと変更された(減額分の税源移譲は不明瞭)。そこで、山形県では、県下の小中学校の統廃合を推進し、各地でそれが実施された…という話であった。2008(平成20)年度に大蔵村では、肘折小学校が大蔵小学校に統合され、村内の小学校は1つになった。

 この話をふまえれば、山形県内に近年廃校になった小中学校は多いと思われる。それらの施設がどのように利用可能か(あるいは不可能か)は、現地に問い合わせてみなければわからない。ほかの県がどのような対応をしているかも未調査である。ただし、2006年度以降に学校統廃合を推進した県は、ほかにもあるのではないだろうか。廃校後の施設利用とあわせて、今後調査する必要がある。
 
posted by あるじ at 16:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。