2011年05月21日

優先順位考

 このところ、のどが痛い。ものを飲み込むのにも難渋している。除染の予備作業をした翌日からというのは偶然だろうが、それでも気分のいいものではない。

 さて、この除染予備作業のときに、「アメリカの研究者から、原発事故後に福島で走っていたクルマのエア・フィルターを提供してほしいという依頼があって、このクルマから外すんですよ」という話を聞いた。このブログでも何度か紹介したアーノルド・ガンダーセン氏からの依頼だそうで、なんと世界は狭いものかと驚いた。
 逆にいえば、そのような調査を、個々人のネットワークで行わなければならないという事態であることを示している。住民の命や健康に関わる問題である。なぜこれを国や地方自治体で調査しないのかと思う。理由は単純で、表向きには現状が「安全」だということになっているからである。「じつは、あのころは危険でした」という情報は、取り返しのつかない段階で発表される。

 今日の『毎日新聞』の記事である。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110521ddm041040107000c.html
 このニュースから読み取れるのは、3月11日以降に「福島第1原発を除いた」全国の原子力施設で、作業員から内部被曝が見つかったケースが4,956件あり、うち4,766件はその作業員が事故発生後に福島県内に立ち寄っていたということである。つまり、原発事故後に福島県内に滞在し、他の原発に働きに行き、たまたまホールボディカウンターで検査したところ、被曝が発覚したという話であろう。
 福島第一原発で働いたかどうかは検査の前提になっていないこと、内部被曝のみつかった作業員の96%が事故後に福島県内に滞在していたこと、2度目の調査で基準値以下に数値が下がった人もいること、などを考慮すれば、内部被曝の原因が今回の福島第一原発の事故によるものであること、原発外にも被害が広がっていただろうことは容易に看て取れる。
 さらに驚くのは、「周りのほとんどは検査を受けていない。特に20代の若手が不安がっている」という作業員の発言である。被曝検査を受けさせずに作業させる例もある、というよりも、そちらの例の方が多いという。これが事実とすれば、被曝検査も徹底せずに高線量の原子炉で作業させていることになる。チェルノブイリ事故の際の「リクビダートル」を想起させる。
 世論がまともなら、近日中に作業員に対する検査が実施されることになるであろう。しかし、おそらくそのような「検査」は、被曝の実態を正確には反映しない。記事の末尾にあるように、放射性物質は時間とともに「排せつ」されるからである。当該作業員からすれば、後に放射線が原因での疾病が発生したとしても、(現段階の技術で)それを証明するデータを永遠に失ってしまうことを意味する。その意味でも、放射線問題は時間との戦いである。

 ここで、「作業員は大変だね」という話をしようというのではない。こうした事態が原発内部でだけ発生していると考えるのは困難であり、自分たちの問題だということが言いたいのである。もはや「5重の壁で安全」などということを信じる人もいないであろうが、建屋は見てのとおり、格納容器はおろか、圧力容器にも穴が開いていることがほぼ確実である。窒素や水を充填しているのに圧力が上がらないのだから、計器の故障を除けば、ほかに解釈の余地はない。毎時18トンの水を注入し続けられることからしても、ほぼ間違いない。しかも、昨今のニュースでは、1号機では3月12日にすでにメルトダウン(炉心溶融)が起こっていたのだという。
 たしかに、当日午後2時に原子力安全・保安院は、メルトダウンの可能性を示唆していた。
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819595E3E0E2E39C8DE3E0E2E1E0E2E3E3958AE3E2E2E2
 しかし、その1時間半後に発生した1号機爆発以降、原子炉の危険性を語るスポークスマンはいなくなった。

 福島県は、事故の翌日に30枚の地図を含むSPEEDIの予測データを受け取っていながら、これを公表していない。
http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4107&blockId=9839767&newsMode=article
 「市町村の避難の参考になったかどうかは分からない。もし、市町村が必要とする情報だったとすれば、反省すべき点だった」というコメントには目を疑った。住民の生命や安全を何だと思っているのか。放出源情報を欠いたとしても、どちらの方角に風が流れるかを示せば、市町村や住民としても対応のしようがある。

 この話には前段があって、政府が5,000件にのぼるSPEEDIのデータを公開していなかったことがことの発端であった。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110503k0000m040079000c.html
http://www.asahi.com/national/update/0504/TKY201105040273.html
 2ヶ月近くも経ってから「今さら」という発表がなされ、しかも、これまで公開しなかった理由について「パニックを恐れた」と説明する。逆にいえば、「パニックを起こすこと」よりも「現地の人々を犠牲にすること」を選んだということであろう。首相の掲げたマニフェストが「最小不幸社会」だというのも悪い冗談のようだ。



おまけ:
 3月の報道をもう一度点検してみると、改めて発見することが多い。
http://democracynow.jp/video/20110317-1
posted by あるじ at 23:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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