2011年05月31日

自治体の役割

 福島県内の自治体で、独自の動きが出てきた。とくに紹介したいのは、二本松市の三保恵一市長が、全市民へのホールボディカウンターによる放射線量調査を実施すると決めたことである。
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1071
 県外の施設で検査…というのは、「県内では放射線のバックグラウンド値が高すぎて正確な測定ができない」という意味であろうから、そのこと自体が、線量調査実施の必要性を裏付けるものである。しかも、その結果によっては「子ども(の避難)だけでなくて、私は、あらゆる事態に対応できる、即応できる、その準備をしています」ともいう。こういう動きが県内から出てきたことは、非常に嬉しい。
 自分でものを考え、それを住民に説明し、合意を得、実行に移す…ということは、当然のように思われるが、実際には、なかなか大変なことである。彼は、インタビューの中で、噛みしめるようにそのことを語っている。県の健康リスク管理アドバイザーの山下俊一長崎大学教授の発言に触れて、彼は、次のように述べている。
 その(山下氏の講演の)なかで、たいへん気になったことがありました。それは、この放射能について、政府が、国が決めたことについては、それを守っていくのが国民の義務である、という趣旨の話を、何度も強調されておりました…(4分30秒あたり)
 大事なことは、国が、政府が、ということではなくて…国民が、私は、あらゆる判断・行動の基準でなくてはならない…。どう、放射能から市民や県民や国民を守っていくか、ということが問われている…(8分あたり)

参考:
「20mSvという国の基準が出された以上は、我々日本国民は日本政府の指示に従う必要があります」(http://www.veoh.com/watch/v20982386Rr6ppAnz6分あたり)

 これが「自治」というものであろう。三保恵一市長の決断と、このような市長を選んだ二本松市民に敬意を表したい。正直にいうと、原発事故後の県内の自治体の動きには苦々しいものを感じていた。10年ほど前には、三春町の伊藤寛町長(当時)や、矢祭町の根本良一町長(当時)など、全国に名をはせた「自治の担い手」がいた。その個別の政策については言いたいことがないでもないが、少なくとも、国の方針とは別の形で「町の行く末」を描き、全国の注目を集めていた。彼らなら、どのような対応をしたであろうか(三春町では、県内で唯一早い段階でヨウ素剤を住民に配布したと聞くが)。また、本県には、一時的にではあるが、福島原発の運転を認めず、国策に真っ向から対立していた知事がいたことも記憶に新しい。
 事故後、福島県はじめ県内自治体の多くは、政府に「基準を示せ」「早急な対応を」と要求し続けていた。つまり、住民を守る「基準」や、「早急な対応」は、自分たちの問題ではないと考えていたふしがある。自分たちの手に余る問題だったことも事実であろう。しかし、そうであったとしても、原発事故への迅速な対応を期待されていることに変わりはない。
 住民への影響が長期化の様相を呈してきたことも相まって、自治体は、独自の対応を迫られる局面が多くなってきた。郡山市や伊達市では市の負担で、福島市ではボランティアで運動場や園庭の除染が実施された。
http://www.city.koriyama.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=23278
http://www.city.date.fukushima.jp/groups/education/hyodojokyo
 建前や形式で議論すれば、市や個人の負担で除染しなければならない筋合いのものではないが、さりとて子どもたちを放射線から一刻も早く守るためには、やむを得ない処置であったに違いない。文部科学省は、子どもも年間20ミリ・シーベルトまでは放射線を浴びても大丈夫という立場だったからだ。原子力安全委員会が「子どもに20ミリ・シーベルトの基準を適用することは認められない」と発言しても、ついにこのスタンスを変えなかった。
http://www.youtube.com/watch?v=6H7XV5hHPQ4(1分30秒あたり)
 当の郡山市で、土壌を運び込もうとした処理場付近の住民と市の間でトラブルが発生したことは周知のとおりである。郡山市の内部で対立を招いたという事態は、不幸というほかない。どちらも被害者だというのに。ともあれ、「市独自の策として運動場の除染をする」という原郡山市長の英断には敬意を表したい。福島市では、4月中旬以降、保育園の保護者やボランティアなどが、各地で校庭・園庭の除染活動を開始した。作業時に被曝しないようにするためのマニュアルも作られてきている。放射性物質を体に付着させたり吸引したりしないような工夫が必要であるとのことだが、最近では、ホームセンターに不織布でできた使い捨ての作業着(つなぎ)が並ぶようになった。購入する人が増えたからであろう。私も使ってみたが、実に便利である。帽子の部分には紐が、手足の部分にはゴムが付いている。1着300円弱だから、財布にも優しい。むろん、それでもレシートは保管し、あとで汚染者に請求するのが筋ではある。
 5月27日になってようやく、毎時1マイクロ・シーベルト以上の運動場の除染を文部科学省の責任と負担によって実施すると発表されたが、これも、地元の、独自の動きがあったからにほかならない。官房長官の枝野氏は「除去の必要はない」と言っていたのだから。
http://www.youtube.com/watch?v=QjIC0OY1ogY(4分40秒あたり)
 こうしてみると、今回の原発事故の経験は、いくつかの知見を私たちに示している。地方自治体が住民の生活を守るためにできることは案外多いということである。これまでの取組についてはここで繰り返さないが、今後、独自の動きが広がることを期待したい。

 ここからは余談である。削り取った表土の扱いは、今後、問題になると思われるが、一案を提示しておきたい。といっても、これは私が考案したものではない。京都から住民自身で除染を実施するためのプロジェクトで福島に来訪した、エントロピー学会会長の山田國廣さんが主張されている方法である。彼によれば、福島第一原発では、今後、次なる津波の被害を避けるために、延長10kmの堤防を築かなければならないということらしい。この堤防の中の盛り土として、汚染した表土を使えばよいのだという。もちろん、外部に漏れだしては困るので、コンクリートで固める必要があると思われるが、たしかにその工事には大量の土砂が必要になるはずだ。私には技術的に可能なのかどうかはわからないが、専門家のご一考をお願いしたい。
posted by あるじ at 08:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

学長からの「意見と要望」に対する回答

 昨日(0時を過ぎたので、もう一昨日になってしまった)、思いがけず、学長から「意見と要望」に対する回答が届いた。内容は下のリンクからご確認いただきたい。

kaitou.pdf

 導入の部分について、原文を書面で直接届けなかった非が荒木田にあるのは事実で、この点の落ち度は認めたい。とりまとめに手間取り、時間外になったため、直接窓口に伺うのはかえって失礼かと思ったのが原因だった。しかし、書面で届かなかったことが「回答書の体裁をなしていない」こととは関係がないように思うのだが…   以下、略。それが本題ではない。

 さて、肝心の内容であるが、「意見に対する回答」の意見聴取に関する部分では、根本的な誤解がある。まず、私たちが問題にしていたのは「数日決定を遅らせれば、教員会議での意見を反映させられたはずなのに、それをしなかった」ということであり、それは、「教員会議における授業再開への否定的な意見を意図的に排除するもの」という疑念を払拭できないということであった。この点については依然として言及がない。「教員の出勤状況」云々も言いがかりで、意見聴取をする気になれば方法はいくらでもあったはずである。また、各学類の危機対策室の意見を容れていたかのように説明しているのも事実に反する。少なくとも、行政政策学類の新旧学類長が苦労して作成し数回にわたって全学に提出された要望書は、事実上、握りつぶされた。それを否定するなら、ここにその文書群を証拠として挙げてもよい。3月末、4月に学内で授業再開についての懸念が強く示されていたことの証明にもなるからである。全学執行部は、学内にそのような懸念があることを、むしろ外部に知られたくなかったのではなかったか。行政政策学類の教員会議では授業再開に慎重な意見が多く示されたし、経済経営学類では授業再開に賛意を示す意見は皆無であったと聞く。結局、そのような意見を執行部が判断の際に考慮することはなかった。「史上最大の災害を克服していくために、福島大学としてできることを全て実施して、構成員が一体となり総力を挙げて対応する覚悟です」という学長メッセージ(3月25日)に明らかなように、全学一致で「福島大学の復興」をアピールしたいという姿勢だったからである。だからこそ、私たちは「公開質問状」を作成せざるをえなかったのである。学内にも多様な意見がある、と。事実を歪曲して正式な文書に残すことは看過できない。

 今後については、学生の参加も含めた「三者自治で」と明記しているので、この点について言うことはない。ただし、「外的条件や財政状態など総合的に判断」という一文を滑り込ませている点には注意が必要であろう(後述)。

 「要望に対する回答」について、重要だと思われるのは、4.で「大学としては、これまでも被ばく放射線量は少なければ少ない方が健康上良いという立場です。汚染状況の公表及び除染対応並びに健康管理の実施策を通じて、長期的には年間1mSv 以下になることが望ましいと考えております」と明確に述べていることだ。永幡さんが自身のHPで指摘するように、「長期的には」ということがどの程度のタイムスパンなのかという重大な問題はある。それでも、「年間1mSv以下」と目標値を明示したこととは、今後における大学の対応の指針になるはずで、大きな前進だと思われる。

 問題は、それをどのように具体化するかという点であるが、これについては、甚だ心許ない。モニタリングや長期的な健康管理は当然としても、とりわけ大切なのは「被曝量を減らす」ということである。どれだけ早く、いかにして被曝線量を減らすか。私の記憶では、5年ほど前の学長選挙の際に、現学長(当時は候補)は、大学の意思決定や実行が遅いということを問題視していた。そのわりには、今回の対応はどうだろうか。拙速であっては困る局面では迅速な対応をし、迅速に対応しなくてはならない局面でそうではないように思えてならない。
 キャンパスの除染は、財政的裏付けを得るまで待っている場合ではないと思う。フジテレビの今朝のニュースで、高木文部科学大臣は「私どもは平常の活動をして差し支えないと思っておりますので」と語っており、「安全は私たちの今の考え方によって大丈夫」という立場である。そのような状況下において、大学が動かない段階で財政的裏付けなど与えられるはずがない。
http://www.youtube.com/watch?v=jjHPszxxAQ4
(小山良太さんに教わったものだが、削除されるかもしれない)

 大学が危機意識をもって現状打開に立ち上がってはじめて、本省を動かすことができるのではないのか。現場が暢気な対応をしていて、大臣以下、文部科学省が福島大学のために態度を急に変えることなど、どうして期待できようか。この点について、学長以下執行部が、構成員の被曝線量減少のためにどういうリーダーシップをとっているのか、残念ながら、私にはまったく見えない。「お金がないから〜できない」というスタンスから「〜するためにお金を措置させる」というスタンスに変えない限り、事態は前進しないだろう。

 7.に書かれた部分は、前回の「回答」からはむしろ後退に思われる。ここで「安全上の理由から通学を望まない学生」への対応は「学類毎に個別に対応」とされているが、「学類毎に」という文言が書き加えられている。行政政策学類と経済経営学類では、単位互換提携校以外の大学で認められた単位も卒業単位として認定することに決まった。しかし、人間発達文化学類・共生システム理工学類の学生はその限りではない。前回の「回答」は、人間発達文化学類や共生システム理工学類の学生にも「個別に対応」するかのように読めたが、今回は「学類毎に」として、その道をふさいでしまったように見受けられる。

 「安全な場所への教室移動」も、「大学機能」という不思議な言葉を用いて否定している。大学生活が講義だけでないことはいうまでもない。そんなことはわかっている。私たちが問うているのは、何に優先順位をつけて事態に対応するのかということであり、つまるところ、大学が守ろうとしているのは何かということである。

 事務部門も含めた全体の「移動」ができないことを理由に「教室の移動」もできないというスタンスで対応するのか、たとえ、事務部門が移動できないとしても若い学生の健康を守るために「教室の移動」は可能だというスタンスで対応するのか、ということを問うているのである。しかも、大学全体を移動せよと主張しているわけではないし、希望しない学生まで「教室の移動」に付き合わせようと主張しているのでもない。そういうオプションも準備することを認めてほしいと言っているのである。だから私たちは再三「多様性」を強調しているわけである。



おまけ:今日は毎日新聞のもの
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/news/20110525k0000m040135000c.html
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110525ddm003040061000c.html
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110516dde012040013000c.html
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110523ddm013040002000c.html

「行方不明」の学長メッセージは、ここにある
http://www.fukushima-u.ac.jp/kinkyu/gakutyou-message.html
posted by あるじ at 00:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

もしも、あのとき…

 学長宛に「意見と要望」を送って以降、先方からは何の連絡もない。私たちは、学長以下執行部が対話姿勢を見せたことを高く評価したが、少々リップサービスが過ぎたようだ。学内の様子も相変わらずで、世界に向けてキャンパスの様子が放映されたとしても、ここが、かの福島だとは思わないであろう。危機感も放射線と同様、目に見えないからだと思いたい。ともあれ、ここしばらくが正念場だと思う。

 そうは言ってみたが、原発事故で、心身ともに疲れ果ててしまっているし、新しいことに向き合う気力も湧いてこない。いろんな計画が白紙になり、人生を滅茶滅茶にされた、というのが正直な気持ちである。


 今でも後悔していることがある。ある同僚のパートナーは、福島第一原発3号機で実施されることになったプルサーマルに反対して、暑い夏の日も、雪降る冬の日も県庁前に座り込んでいた。仕事柄、県庁に行くことの多かった私は、遠目に眺めながら、それに加わることはなかった。だから、私は心から自分が「被害者」であると公言できない後ろめたさがある。たまたま、福島原発40周年の節目に、「原発を廃炉に」という集会が準備されていた。彼女はその集会の主催者だった。しかし、震災と原発事故のため、3月26日に予定されていたその集会が実施されることはなかった。

 3月末、福島県内の小中学校の授業再開予定日が報じられた。そのとき、線量計をもって県内の小中学校の放射線量を測定するために立ち上がった人がいた。自らが集めた測定値を突き付けて、授業再開の延期を申し入れたのである。そのときも、家族を県外に避難させていた私は、その活動に加わることに躊躇した。おそらく「偽善だ」と言われることを直感的に避けたのだと思う。冷静に考えれば、家族を避難させることと、学校の再開延期はまったく矛盾する行動ではないが、それでも他の人の目を気にしたのである。矢面に立つのはしんどい。

 その後、1ヶ月ほどして、大学の授業再開が日程に上った。「小中高校が授業しているのに、大学が始めないなどということは理由が立たない」というのが、おおかたの風向きであったように思う。昔、高校時代に聞いたマルティン・ニーメラーの言葉を思い出した。気がついたときには遅かったのである。

 かの同僚夫妻の娘と、先頭切って線量を計測した人の息子と、私の息子は、同じ保育園の園児であった。不思議な縁である。



フランスから届いた今日のニュース(なぜかオーストラリアから)
http://www.news.com.au/breaking-news/watchdog-warns-about-fukushima-plant/story-e6frfku0-1226062264646#ixzz1NHFMRGMu
(こちらは、The Times of India)
http://timesofindia.indiatimes.com/world/rest-of-world/70000-more-should-evacuate-after-Fukushima-Watchdog/articleshow/8556684.cms

NHKによる別のニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20110524/1930_saiaku.html
posted by あるじ at 00:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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