2011年05月06日

「授業再開」についての公開質問状

 今日の夕刻4時半過ぎに、ようやく学長への「『授業再開』についての公開質問状」をまとめ、先方に送付することができた。急だったこともあって、10人連名での門出であったが、それでも意見調整は困難をきわめた。多少盛り込みすぎの感はあるが、これでもかなり削っている。どこまで意を尽くせたかわからないが、一読いただければ嬉しい。

 ここ一ヶ月ほど逡巡しながら、受け手の反応を想定して足がすくんでいたことを、仲間たちの協力を得ながら実現できた。学内にもいろいろな考え方があるということを示すだけでも意味があると思ったのだ。

 学長からの回答が届き次第、ここに発表することにしたい。

 そう書いていたら、菅総理が浜岡原発の停止を中部電力に要請したというニュースが届いた。今日は久しぶりにゆっくり眠れるかと思ったが、どうだろうか…。


2011年5月6日

入戸野修 福島大学長殿

荒木田岳(行政政策学類)    

石田葉月(共生システム理工学類)

井本亮 (経済経営学類)    
 
金炳学 (行政政策学類)    
 
熊沢透 (経済経営学類)    

中川伸二(行政政策学類)    

中里見博(行政政策学類)    

永幡幸司(共生システム理工学類)

村上雄一(行政政策学類)    

森良次 (経済経営学類)    



「授業再開」についての公開質問状


 本日も朝から余震が発生し、今後、大規模な余震も懸念されているのはご存知のことと思います。また、それによる原子力発電所のさらなる破壊も心配されています。しかし、現状では、地震はもとより、原発の制御も未だ可能となっておりません。そのような状況下で、学内外からの重大な懸念をよそに、福島大学は5月12日に授業を再開しようとしています。私たちは、こうした決定に対して深く憂慮する教員有志です。

 大学再開の判断にあたって、学生の意向や再延期の結果生じかねない不利益(4年で卒業できない)を考慮することも重要ですが、その大前提として、学生、教職員の安全が確保されていることが何よりも必要です。しかし、こうした問題に関して全学執行部が学内に対する説明責任を果たしているとは到底考えられません。そこで、私たちは、下記のような質問を準備いたしました。これらの諸点について、5月10日までに文書(画像ファイルかPDFファイルで結構ですが、HP掲載のため、ドキュメント・ファイルも併せて送っていただければありがたいです)にて回答いただけると幸いです。

 なお、この質問状については、回答の有無も含めて私たちのホームページにて公開し、マスコミにも送付する予定でおりますので、念のため付記しておきます。



1.福島大学では、教員・職員・学生(院生)の三者の合意に基づいて大学運営を行うというのが原則であり、そのことを確認した「福島大学憲章」について、学長もこれを尊重すると言われました。しかし、5月12日の「授業再開」は、非常時における「危機対策本部」の決定として発表されたものであり、三者の意向を反映したものとはいえません。そもそも、各学類の教員会議の議題としてすら上がっておりません。ことの重大性に照らせば、ここに最大限、学内の意見を反映させる必要があると考えますが、いかがでしょうか。大学として、授業再開の決定以降、三者の意見をどのようにふまえようと努力されたのでしょうか、されなかったのでしょうか。今後は、どのようにされるおつもりでしょうか。「決定の経緯」と「その後の学内の意見反映努力」に整理した上でご説明ください。また、証拠資料として、会議の日時、メンバー、議事録などを提示していただくようお願いします。

2.3月25日に発表された「学長アピール」には、放射線量が「開校までにはさらに1/30 程度に減衰し、全く問題なく、安全に皆さまを迎えることができる」という、現在からみれば「事実と異なる」見解が示されていますが、「授業再開」を決定した際に、この見通しをどのように総括し、計画全体を見直したのでしょうか、あるいは見直さなかったのでしょうか。そしてそれはなぜでしょうか。説明してください。

3.ここ数日、事故当初に明らかにされていなかった、新しい情報が出始めておりますが、それをふまえて授業再開を見直すつもりはあるのでしょうか、ないのでしょうか。そしてそれはなぜでしょうか。とりわけ、文科省による「福島県内の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について(通知)」(4月19日)をめぐっては、各界でさまざまな問題点が指摘されているにもかかわらず、学内で年間20mSv/年を大学再開の基準とすることの妥当性は十分に議論されておりません。この判断の結果が、附属学校についても影響を及ぼすであろうことを考えれば、きわめて事態は重大です。大学としての見解を問いたいと思います。

4.低線量の放射線被曝については、科学的に決着がついた問題ではなく、福島市程度の線量でも晩発性の健康被害の問題があることを指摘する説も少なからず存在しています。しかし、「学問の府」や「科学の砦」を標榜する福島大学が、多様な見解を比較衡量した形跡すらも示さずにこうした見解を無視し、政府の「基準」のみに依拠する理由を説明してください。なお、政府の「基準」が変更になった際には、学内の方針も連動して変更になると考えてよいかについてもご回答ください。

5.大学が授業再開を決定したということは、大学が「安全である」ということを保証したという意味だと拝察されますが、もし、現況の放射線量についての「安全である」という仮説が間違っていて、健康被害の問題が発生した場合に、福島大学において、誰がどのように責任をとるのでしょうか。ご説明ください。同時に、福島大学において晩発性の問題が発生しなかったという挙証責任を、誰がどのような形で立証するのか説明してください(私たちは、被害者が立証しろというのは、あまりにも無責任な態度であると考えております)。

6.5月2日に発表された学長アピールには「本学では、授業開始にあたって、学生の安全・安心を確保するための最大限の措置をとるように努めて参ります」という文言があります。では、大学としてどのような対応をしたのか、する予定なのかについて、「放射線自体を減少させるための措置(たとえば、敷地内の除染など)」と「被曝量を減少させるための措置(キャンパス外に移動、マスクや線量計の配布など)」に整理して、スケジュールも示した上で、回答してください。その際、とくに「安全上の理由から通学を望まない学生が不利益を被らない教務上の方策がとられているか」という点について留意していただけるようお願いします。なお、「学長アピール」の「今後の対応」欄に書かれたことは、既知の情報としてご質問していることを申し添えます。

以上 

posted by あるじ at 21:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月04日

福島大学の授業再開によせて

 これまでは、大学の問題に言及することを意図的に避けてきた。しかし、このままいけば、5月12日には大学の授業が再開されてしまう。その前に、書くべきことがあると思う。

 まず、結論からいえば、私は、このタイミングで大学が授業を再開することには絶対に反対である。理由は簡単で、現状が「危険」だと思っているからだ。だから、震災後2回行われた教授会では、強く反対を主張し続けたし、キャンパスを暫定的に別の場所に移す提案もした。しかし、これは徒労に終わった。教授会では、「3月29日(つまり、震災後初の教授会が実施される前である)に、授業の再開は決まっている」という「報告」だけがあった。大学の執行部はそれに関する意見について聞く耳をもたないらしい。つまり、学内の意向を正式に聞く機会を一度も待たずに、大学は授業再開を決めてしまったということである。原子力安全委員会の、児童の線量限度「年間20ミリ・シーベルト」も正式な委員会も開かず、議事録もなしで決めたそうだから、大差ないかもしれない。どちらも、危機に乗じて「何でもあり」である。

 「大学が授業再開を決めたのだから、それに従うのが当然」というのが「大人の対応」なの…だろう。実際、教授会でそう発言する人も複数いた。また、「家を建ててしまったから、会津とか山形とかで授業と言われても、私は行けない」という、驚くべき発言をした人もいた。判断の際に、何を優先順位においているのだろうか、と思う。

 大学の対応は、HP(末尾で紹介)を見ていただけばわかるように、3月25日には、根拠も示さず「開校までにはさらに1/30 程度に減衰し,全く問題なく,安全に皆さまを迎えることができるものと考えております」とアピールし、同29日には前記の決定をしたのである。この見込みは、結果からすれば外れているのであるが、そのことには言及せずに、誤った見込みによって立てられたスケジュールを既成事実として強行しようとしている。それが正当であるという根拠は「4月19日に文部科学省が屋外活動の制限基準と定めた3.8μSv/時より低い値」であることのみである。この数値が、科学的に妥当であるかどうかの判断はしていない。「学問の府」だの「科学の砦」だのを連呼する者の立場とは思えないが、他山の石にしたい。国会での文部科学大臣の答弁を聞いていると、これが大学の中だけの問題ではなさそうだということもわかる。人の命と自分たちのメンツと、どちらが大切なのだろうか。そういえば、文部科学省への質問(年間20ミリ・シーベルトに関して)も、2週間以上になるが、返事がない。

 私は、原発に就職したわけではない。放射線の中、働かされる筋合いもない。根拠もなく「安全だ」という人たちだから、そもそも、大学として放射線量を減らす努力も何一つしていないのではないか。しかも、学生サービス重視の大学が教職員の命や健康を守ってくれるとも思えない。とはいえ、私は40歳を過ぎたオッサンである。放射線への感受性も落ち続けていくだろう。
 しかし、学生は違う。「あなたは、あの時期に福島大学の学生だったんですよね…」ということが、彼らの人生にとってマイナス要因になるようなことがあってはならないと、私は思っている。恐ろしいことだが、就職に際して、結婚・出産に際して、このことは問われ続けるように思う。「風評」ですむかもしれないし、現実に何かしらの異変が起こるかもしれない。肉体的にであれ社会的にであれ、影響の出る人もあれば、出ない人もある。運の善し悪しもあろう。ただ、どちらにしても、これは「避けることが可能な問題」であり、多くの人にとって「避けた方がよい問題」であろう。だから学生には、この時期に、自分自身の判断で自分を守るように努力してほしいと思うし、教員としては、それをサポートできるような(危険回避の自主的な行動が本人の不利益にならない)体制作りをしていかなければならないと考えている。
 命をかけるほど、人生をかけるほど大切なことは、そうそうあるものでもない。現在、福島に戻ってくることがそれに値するかどうか考えてほしい。私は、いま逆に正念場を迎えている。職を失うのは、正直言って怖い。仲間失うのも怖い。しかし、ここで授業再開に手を貸すことは、歴史的な評価に耐えられないと考えている。だから、授業再開を撤回させられなければ、やはり自分としては××××××××(8字伏字)するしかない。
 無責任だという批判は甘んじて受ける。しかし、学生を危険にさらすことが、本当に責任ある行動かどうかは再考されてよいように思う。現状で、人さまの子の命や健康をあずかるなど、私にはとてもできない。


 …と、ここで終えたいところであったが、学生のためにはもう少し書き加えておく必要がある。
 4月11日から行政政策学類では、学生に授業再開の是非を問う調査を実施している。約半数が「早期の授業再開を望む」という回答であったと聞く。この結果には、正直言ってひどく落胆した。私たちは学生に何を教えてきたのか、と涙が出た。反省することしきりである。私たちが学生のころとは違って、少し調べる気になれば、情報はいくらでも手に入る。もちろん玉石混淆、ガセネタも多い。しかし、注意深く見ていけば、そして思考停止さえしなければ、どの情報が自分にとって有用かは見えてくるはずだ。
 通常、情報発信には「目的」がある。目的がある以上、そうした情報はそれ自体「政治的」なものである。そして、その文脈を読み込んでいけば、発信情報の意図は見えてくる。「誰(どんな人)が発信している情報か」「それが誰(どんな人)にとって意味のある情報か」「何を目的とした情報か」などなど、判断のモノサシは多いが、一つひとつそれらを読み解いていけば、自分にとって有用な情報は絞られてくるはずである。情報が多いことは、泣いて喜ばなくてはいけない…。
 とくに、今回の原発事故に直接利害関係をもたない海外メディアの意見は、個人のそれも含め非常に参考になる。自分を守るためなら英語でもドイツ語でも真剣に見聞きするだろう。これに勝る勉強はない。

 これも、お節介ながら書いておくと、放射線をめぐる学説は、数多くある。とりわけ、低レベルで長期的な被曝については、事例が多くないためもあって、研究途上であり、統一見解がないように見受けられる。さらには、それ以上に、政治的なバイアスが影響しているように思う。真っ白な立場で研究することの困難さを思う。
 放射線の身体への影響をめぐる立場ごとに、下のHPでは、便宜的に「楽観」「標準」「慎重」と整理している。これらを比較しながら、各自の頭で判断してみてほしい。
http://fukugenken.e-contents.biz/index
被曝と健康に関するリンク集 @ 〜楽観〜
被曝と健康に関するリンク集 A 〜標準〜
被曝と健康に関するリンク集 B 〜慎重〜
を参照のこと。なお、ICRP(政府が児童の線量限度・年間20ミリ・シーベルトの根拠として利用している)は、「各国の原発推進派専門家の寄せ集め」という意見もあるので、「標準」に入れていいのかは悩ましいが。
http://onihutari.blog60.fc2.com/blog-entry-7.html

 私は、リスクは大きく評価した方が、小さく評価するよりも被害が小さいと思っているので、周りからは「心配しすぎ」だと言われようと、それを変えるつもりはない。いざというときには、誰も守ってくれないし。責任もとらないだろうから。



【紹介】 私が現状について、危機的であると考える根拠となった情報いくつか
http://www.youtube.com/watch?v=_1DjDc6FnhM&feature
 いうまでもなく、3号機はプルサーマル稼働基である。
 →ガンダーセン氏のHP: http://www.fairewinds.com/updates
http://www.youtube.com/watch?v=x-3Kf4JakWI&feature
 →日本語解説:http://onihutari.blog60.fc2.com/blog-entry-45.html
http://www.nytimes.com/2011/05/01/opinion/01caldicott.html

これは、おまけ
http://www.dwd.de/wundk/spezial/Sonderbericht_loop.gif
 →日本語解説: http://www.witheyesclosed.net/post/4169481471/dwd0329#

平時の原発で
http://www.chugoku-np.co.jp/abom/00abom/ningen/
 第3部 「ある原発作業員の死」参照
  →年20ミリ・シーベルトは安全か?

チェルノブイリについてもルポをいくつか
  (旧ソ連政府は死者33人!!と発表している)
http://www.youtube.com/watch?v=WCfzjHaVu5s&feature=BFa&list=PL2DB92BBB96B36EA4&index=1
http://www.youtube.com/watch?v=bhvDSqNJ31M 2につづく



cf.福島大学(学長)の公式見解
http://www.fukushima-u.ac.jp/kinkyu/gakutyou-message_past.html
あまりの落差に卒倒しそうになる。
posted by あるじ at 00:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月30日

残留放射能の「基準」はどのように運用されているか

 実は、決められた「基準」がどのように運用されるかという点も、基準そのものの決定にもまして重要である。その理由は、これから示すとおりである。

 3月17日に、厚生労働省は、「放射能汚染された食品」の残留放射線基準の「暫定的」引き上げを実施した。これが、それ以前の20倍とか200倍とか言われている「基準の変更」である。当面、今回はその点については深入りしない。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e.html
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r9852000001559v.pdf

 この翌日(3/18)に、同じ厚生労働省から、上記の変更を受けて、野菜の放射線測定についての通達が出された。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000014tr1-img/2r98520000015is5.pdf
 ここには、「野菜等の試料の前処理に際しては、付着している土、埃等に由来する検出を防ぐため、これらを洗浄除去し、検査に供すること。なお、土、埃等の洗浄除去作業においては、汚染防止の観点から流水で実施するなど十分注意すること」と書かれている。どの程度洗うかまでは示されていないが、これによる「除染」は、かなりの効果をあげたのではないか。各地で「基準値を下回った」と報道される一方で、「直売所の野菜から基準値を上回る放射線が検出された」というニュースが散見されるゆえんである。

 4月4日に、北茨城市で採取されたコウナゴから、1キロ当たり4080ベクレルの「放射性ヨウ素」が検出された。
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/radioactive/news/20110405k0000m040133000c.html
 この件での問題点は2つある。まず、予想に反して「放射性ヨウ素」が検出されたこと、そして次に、4080ベクレルという高濃度であったこと、である。3月17日の「残留放射線基準の『暫定的』引き上げ」の文書(前掲)を見れば明らかなように、「放射性ヨウ素」の項に穀物、魚介は入っていなかった。半減期の比較的短いヨウ素を、魚介・穀物に適用することを想定していなかったためであろう。しかし、実際にはこれが検出されてしまったのである。
 そこで、厚生労働省は急遽、翌日(4/5)に、魚介類中の放射性ヨウ素に関する暫定規制値の取扱いについて、という通達を出した。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000017z1u.html
 これは、巷間で「野菜の基準を魚介に適用するもの」と流布しているが、先述のように、「残留放射線基準の『暫定的』引き上げ」の文書に添付された表(3/17)の「放射性ヨウ素」の項に穀物、魚介が入っていなかったことによる。上記の表の「放射性ヨウ素」の欄に、「魚介類」が書き加えられただけである。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000017z1u-att/2r98520000017z7d.pdf

 さらに、コウナゴの高レベル残留放射能のためであろうか、魚の放射線測定方法(ここでは、4/16神奈川新聞)も考慮されている。
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kanaloco-20110416-1104160012/1.htm
 大きな魚は、表面を予備測定した後、えらやうろこを洗浄。骨や内臓を取り除いた後ミンチ状にして測定機器にかける。もちろん、シラスやコウナゴではこういう方法は採れない。

 野菜は洗浄(除染?)して、魚は洗浄した上に、骨や内臓を取り除いてから測定するということがわかった。「実態に合わせた」とか、「食べる部分だけを調べるため」とか説明しているようである。洗わずに野菜を食べる人がいますか?ということなのであろうが、政府は国民に「野菜は、洗って食べること」を強制することができるものなのかどうか。また、魚の骨や内臓を好んで食べる人もいるかもしれないのである。洗い続ければ「除染」の程度をコントロールでき、調査サンプルと現実に市場に出回る商品との数値に乖離が出ることも考えられるし、現実にそうなっている。最大の問題は、放射線の蓄積されやすい部位を意図的に取り除いて測定しているのではないかという疑念を拭えないことである。

 大気中の放射線量のモニタリングにしても状況は同じである。通常、地表付近と、高さ1〜1.5m付近では、線量が10倍異なるといわれている(地表付近ではベータ線とガンマ線の双方が検出され、上方へ行くほどガンマ線しか検出されないためのようであるが、私自身はそのメカニズムをよく理解していない)。そのことは、自身で測定してみればすぐにわかることであろう。しかし、モニタリング・ポストの高さは場所によってまちまちである。これは、「条件」を統一しないで統計をとっているようなものである。何らかの数値の補正が必要であろう。

 異論が出るかもしれないが、私としては、高さ1〜1.5mのデータだけでなく、地表面のデータも併せて測定した上、併記してほしいと思う。小学校や保育園の校庭・園庭を想定すれば、地表に付着した放射線のチリも、子どもたちが走り回って巻き上げるであろう。転んですりむき、不幸にしてそこから体内に…ということもないではない。土いじりをして、手についた泥を口にすることもあるかもしれない。最悪の事態を想定しながらそれへの対応を考えるのが「危機管理」というものではないか。

 もちろん、この方法(地表面データも併記)だと広い範囲で年間20ミリ・シーベルトを超えるため、これを政府が実施するとは思えない。だから、各地での自主的・自発的な取組が貴重になってくる。私たちもカウンター(線量計)が入手できれば、ぜひデータを公表したいと思っている。
http://fukugenken.e-contents.biz/index
posted by あるじ at 18:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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